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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)82号 判決

兵庫県神戸市中央区熊内町4丁目8番20-1203号

原告

林佑吉

訴訟代理人弁理士

佐々木常典

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

田辺秀三

長澤正夫

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和61年審判第9280号事件について、平成4年2月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年11月4日、欧文字で「LIZZA」と左横書きし、その下段に片仮名文字で「リッツァ」と左横書きしてなる別紙(1)の商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第30類「菓子 パン」として商標登録出願した(昭和58年商標登録願第104648号)が、昭和61年2月20日、拒絶査定がされたので、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和61年審判第9280号事件として審理したうえ、平成4年2月10日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月13日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、「リッツ」の片仮名文字を横書きしてなる別紙(2)の登録第997283号商標(指定商品第30類「菓子 パン」、昭和45年12月4日登録出願、同48年1月31日設定登録、同58年1月27日商標権存続期間の更新登録。以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標と引用商標とは、その外観、観念の類否について判断するまでもなく、称呼上類似する商標であり、かつ、指定商品も同一のものであるから、商標法4条1項11号に該当し、商標登録を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の認定中、本願商標と引用商標のそれぞれの構成、指定商品及び称呼の各認定は認める。

しかしながら、審決は、本願商標と引用商標との類否判断を誤り(取消事由1)、異議手続で問題とされていなかった新たな理由により結論を導いた手続的瑕疵があり(取消事由2)、本願商標の拒絶理由の根拠法条を誤り(取消事由3)、誤った結論に達したものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用商標との類否判断の誤り)

(1)  審決は、「リッツァ」と「リッツ」の両称呼の対比において、「両者は称呼識別上主要な要素を占める語頭音を含む『リッツ』の各音を共通にし」と認定しているが、誤りである。なぜなら、本願商標は、音の構成面からみると、「リッ」の音と「ツァ」の音という同時合成音の2音節から成り立っているとみるのが自然であり、普通の考え方である。審決には、「リッツ」の音を共通にするとする音節に関する言語法則及び一般通念を無視した誤りがある。

審決は、両称呼について「異なる点は前者には語尾に母音『ァ』が付加されているにすぎない」、「該音は語尾に位置している」と認定しているが、誤りである。上記のとおり、本願商標の称呼は、「リッ」と「ツァ」の2音節から成り立っているから、引用商標の語尾に「ァ」が付加されているとするとらえ方は失当であり、また、音節上、語尾は上記のとおり「ツァ」であるから、「ァ」のみが語尾に位置するとする認定も誤りである。

審決は、「該音が前音『ツ』に吸収される」と判断しているが、この点は、後記2のとおり、手続上の違法があるだけでなく、判断自体としても、重大かつ明白な誤りがある。

審決の「吸収される」とは、本願商標の称呼において、まず、「リッツ」の音が明瞭に発音された状態で、小さな音の「ァ」が付加された「ツァ」の音において、「ァ」の音はわずかに聞き取れる小さな音になってしまうか、「ツ」音が優勢になって「ァ」の音は聞き取れず、結局「ツァ」の音が「ツ」になってしまうという現象を意味するものと解される。

しかしながら、本願商標における「ツァ」の音は、明らかに1音として発音される。このことは、「ツァー」、「モーツァルト」、「ツァイス」、「ツァラストラ」、「おとっつぁん」、「八つぁん」、「カデンツァ」、「ピッツァ」等の言葉において、「ツァ」の部分が1音として世人に普通に発音されている事実から明らかである。また、「ツァ」における母音としての「ァ」の音は、これらの言葉におけると同様に、明瞭に発音、聴取される強母音である。したがって、審決のいうように、「ツァ」のうちの「ァ」の音が「ツ」の音の中に吸収されてしまうというような現象は、決して起こらない。

審決は、「該音は・・・必ずしも明瞭に発音、聴取されるものとはいえず」、「この差が称呼全体に与える影響が大きいともいえない」として、「それぞれを一連に称呼するときは、彼此相紛れるおそれのある類似の商標といわざるを得ない。」と認定・判断しているが、誤りである。

本願商標における「ァ」音は、それ自体分離された形で発音されないが、「ツァ」は、強母音「ァ」を伴った同時合成音として明瞭に発音、聴取され、母音「ァ」は、発音者、聴取者にはっきり意識される。したがって、引用商標における「ツ」音と本願商標における「ツァ」音との差は歴然としており、しかも、本願商標の「ツァ」の音は、非常に特徴のある響きを持つので、引用商標の称呼「リッツ」における「ツ」の音とは異質である。特に、我が国において、「ツ」を語尾に持つ語、促音「ッ」に続く「ツ」を語尾に持つ語は、頻繁にみられるが、「ツァ」を語尾とするものは極めて少なく、そのため、「ツァ」は一種独特の音として把握される。

したがって、本願商標の「ツァ」と引用商標の「ツ」の音の差が称呼全体に与える影響は大きく、「ツァ」の音は明瞭に発音、聴取され、「ツ」の音とは明確に識別されるものであるうえ、引用商標がこの種業界において取引者、需要者に広く知られている点をも考慮すれば、両商標は、それぞれ一連に称呼した場合、彼此相紛れるおそれの全くない、互いに非類似の商標である。

(2)  審決は、「引用商標は、この種業界においては、取引者、需要者間に広く知られているものであることも相俟って」という点を根拠として、両商標の称呼が類似すると認定した。しかしながら、審決においては、引用商標の著名性を考慮する以前の問題として、両商標が称呼上類似するか否かの判断が示されていない。また、この点の考慮が許されるとしても、引用商標がこの種業界において、取引者、需要者間に広く知られているものであれば、その称呼が「リッツ」としてまぎれもなく定着しているということであるから、本願商標と引用商標とは全く別異のものとして容易に識別され、出所の混同は起こらないのが道理である。特に著名でない商標が著名なものと混同を生ずるおそれは、両商標の相違が極めて小さい場合である。この点に則して本願商標と引用商標を外観の面からみてみると、本願商標は、別紙(1)に示すとおり、欧文字の「LIZZA」と片仮名文字の「リッツァ」とを二段に並記したものであるのに対し、引用商標は、別紙(2)に示すとおり、片仮名文字のみからなる「リッツ」であって、これら両商標を比較すれば、その相違は明らかであり、混同を生ずることはありえない。

仮に、本願商標中「リッツァ」の片仮名文字部分についてのみ着目しても、「リッツ」との相違は明々白々であり、実際の取引面においても両商標の混同の問題は生じない。

以上のとおり、審決は、本願商標と引用商標との類否につき、誤った認定判断をした。

2  取消事由2(手続的違法)

上記1(1)のとおり、審決は、「該音が前音『ツ』に吸収される」ことを根拠として、本願商標と引用商標の称呼上の類似性を肯定したが、この判断は審決において初めて示されたものである。審判官は、新規な論点により、最終的判断を行う場合には、請求人に予めこれを示して意見を述べる機会を与えなければならないところ、その機会は与えられず、これを省略しなければならない事情もなかった。審決が準訴訟手続であるならば、このような機会を与えずに一方的に審決を行うことは、「吸収される」という点についての実質的審理を欠いているということになり、審決には審理不尽の違法がある。また、「吸収される」との点については、一体いかなる意味かが不明なばかりでなく、何故に吸収現象が生ずるのかの理由も述べられていないから、審決には理由不備の違法もある。

3  取消事由3(根拠法条の誤り)

審決は、上記1(2)のとおり、引用商標の著名性を理由に本願商標の類似性を肯定したものであるが、引用商標の著名性以前の問題として、両商標の類似性について何等明記していない。両商標の類否判断において、引用商標の著名性を考慮しなければならないのであれば、商標法4条1項15号により、本願商標を拒絶すべきであり、商標間の類似を規定した同条1項11号を適用したのは誤りである。

第4  被告の主張

1  取消事由1について

(1)  促音「ッ」も1音節をなすものであるから、本願商標が「リッ」と「ツァ」との2音節からなるとする原告の主張は正しくない。「ツァ」は、特殊な例を除き、我が国の発音としては極めて稀な例であり、「ツァ」(tsa)を1音として正確に発音することは困難であるところから、通常、発音の困難な音を容易に発音できる音に転訛して発音されることになる。その場合には、「ツ」(tsu)の母音である(u)の音も余韻としてわずかに残り、全体として(tsua)の如く発音され、聴取されがちであって、末尾の「ァ」は明瞭には発音、聴取されないものである。したがって、本願商標に接する取引者、需要者も、「リッツ」の音が明瞭に聴取され、これに弱く発音された「ァ」の音が付加された程度の印象しか受けないといえる。

(2)  原告は、種々の例を挙げて「ツァ」において「ァ」の音が前音の「ツ」に吸収されることはないと主張するが、「ツァー」は語尾が長音であって、明らかに「ァ」が強く発音される例であり、「モーツァルト」、「ツァイス」「ツァラストラ」は、「モーツアルト」、「ツアイス」、「ツアラツストラ」と発音されており、また、「おとっつぁん」、「八つぁん」については東京の下町方言として数少ない特殊な例であるなど、「ツァ」の音が置かれた位置に関係なく常に強く明瞭に発音され、聴取されるものとはいえない。

まして、本願商標の場合には、「リッツァ」の語頭の「リ」が促音「ッ」を伴っているため、語頭音「リ」にアクセントがかかり、「リ」音に比して「ツァ」の音は弱く発音されるところ、前記のとおり、「ツァ」の音は(tsua)の如く発音され、聴取されがちであるから、「ァ」は明瞭には聴取されがたく、「ツ」に吸収されがちになる。

(3)  このように本願商標の称呼上、語尾にある「ァ」が明瞭に発音、聴取されないものであることに加え、引用商標である「リッツ」の著名性を考慮すると、本願商標中の「リッツァ」の片仮名文字部分中の「リッツ」が視覚上からも印象に残り、このため、本願商標より生ずる称呼を聴取した場合においても、強く印象に残るのは「リッツ」の音であって、本願商標と引用商標とは「ァ」の音の有無という差異があるとしても、その差は称呼全体に及ぼす影響が大きいとはいえず、両商標は称呼上類似するとした審決に誤りはない。

(4)  永年継続的に使用した結果、取引者、需要者間に一定の名声を獲得している商標は、それだけ業務上の信用を化体し、無形の財産的価値を形成しているから、名声を有しない商標に比べて厚く保護されなければならないところ、原告主張のように、引用商標が著名商標であればその称呼の印象が定着しているから、識別は容易であるとして、引用商標と類似する商標を使用しても商品の出所の混同は生じないとすると、使用商標が著名性を獲得するにつれ類似範囲が狭められ、著名商標の希釈化を招くことになって不合理であり、ひいては商標制度の否定につながることとなる。

2  同2について

本件審決は、本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした拒絶査定を維持したものであるところ、拒絶査定に先立ち、原告に対して引用商標が記載された登録異議申立書の副本を送達し、反論等の機会を与えている。したがって、審決において引用商標及び適用条項が審査手続におけると何ら変わっていない本件では、手続上の違法はない。

3  同3について

商標の類否判断は、原告主張のように、引用商標の著名性等を考慮する以前に、両商標の称呼自体の類否を判断しなければならないものではない。

商標の類否判断は、取引の実情を離れてこれを考察すべきでなく、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合における具体的な取引状況に基づき、商標がその称呼等により取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察し、取引者、需要者の間に商品の出所につき混同を起こすかどうかによって決すべきであるから、これらの点を総合勘案して、両商標が称呼上類似するとし、商標法4条1項11号に該当するとした審決に違法はない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

本願商標が別紙(1)の、引用商標が同(2)の各構成からなり、両商標がいずれも指定商品を第30類「菓子 パン」とする点で共通すること、本願商標及び引用商標から、それぞれ「リッツァ」、「リッツ」との称呼が生ずることは、当事者間に争いがない。

1  取消事由1について

本願商標と引用商標との類否につき、検討する。

(1)  本願商標と引用商標の各称呼の対比につき、乙第11号証によって認められる「日本語音声学」の「促音も一つの音節である」(同79頁13行目)及び「促音〔ッ〕は、明白な音として聴き取り難いのであるが、その存在は明らかであり、日本語では、促音を独立した一つの音節として取り扱うのが適当である。」(同80頁18~20行)との記載によると、本願商標及び引用商標の各称呼は、「リ・ッ・ツァ」、「リ・ッ・ツ」の3音節からなるものと解するのが妥当であり、本願商標及び引用商標においては、いずれも3音節中、語頭音「リ」と中間の促音「ッ」を共通にし、語尾が「ツァ」であるか、「ツ」であるかの点で相違するものというべきである。

ところで、相違する「ツァ」と「ツ」とをその前に位置する共通の「リ・ッ・」と切り離して独立に比較すると、両音は、いずれも(tsa)、(tsu)という破擦音であり(乙第3号証64頁5~7行)、語尾にある母音で識別することになるが、これが比較的区別し易い「ァ」と「ゥ」である点からすると、両者の識別は容易であるといえなくはない。

しかしながら、商標の称呼の類否においては、全体として一連に称呼した場合の識別の容易性が問われるべきものであることはいうまでもなく、両商標を一連に称呼した場合、日本語の発声上、両商標のように3分節からなり、語頭音の「リ」が促音「ッ」を伴う語においては、語頭音部分にアクセントを置き、語尾音部分は比較的弱く発音されることが通常であることは、当裁判所に顕著であるから、全体的な称呼の比較においては、上記の独立的比較におけると異なり、破擦音としての子音「ts」の印象が相対的に大きくなることに比べ、最後に残る母音「a」と「u」の識別、すなわち「ツァ」と「ツ」との識別は必ずしも容易でない。そうすると、両商標を一連に称呼するときは、語尾に位置する「ツァ」と「ツ」とが必ずしも容易に識別できるものとはいえず、後記のとおり、取引の実情をも考慮すると、両商標の称呼は彼此相紛れるおそれのある類似の範囲を出ないといわざるをえない。

原告は種々の例を挙げて、「ツァ」のうちの「ァ」の音が「ツ」の音の中に吸収されることはなく、「ツ」の音との識別が容易である旨主張するが、同例は、「ツァ」の語がアクセントが置かれる語頭音にあるものや、前後の明瞭に発音される他音に挟まれているものや、音節数が異なるなど、本願商標と引用商標との比較に必ずしも適当な根拠を与えられる例とは認められず、これらによっては上記認定を覆すことはできない。

また、原告は、審決が引用商標の著名性を考慮する以前の問題として、両商標の称呼上の類否判断をしていないと主張する。しかしながら、商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきであり(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照。)、取引の実情には、引用商標の著名性を含むことも疑いのないところであるから、この点を捨象して、両商標の称呼の類否判断を行うべきものとする原告の主張は、既にその前提において失当であり、理由がない。

結局、両商標が称呼識別上主要な要素を占める語頭音を含む「リッツ」の各音を共通にし、本願商標においては語尾に母音「ァ」が付加されるに過ぎないとした審決の認定部分は、本願商標の称呼を「リ・ッ・ツ・ァ」の4分節に分析して検討しているやにみえる点で必ずしも適当な説示とはいえないが、趣旨としては当裁判所の前示のものと同一と解することができ、両商標の称呼識別が容易ではないとする結論において相当である。

(2)  次に、本願商標はその外観上、別紙(1)のとおり、「リッツァ」との片仮名文字の横書きの上に「LIZZA」との欧文字を並列させており、「リッツ」の片仮名文字のみからなる別紙(2)の引用商標とは、その構成において相違する。

しかしながら、両商標の指定商品が第30類「菓子 パン」であって、広い範囲の需要者が日常的に購入する商品であることを勘案すると、欧文字が並記されていても、取引者、需要者にとって、最も印象を引き付け易いのは、片仮名文字部分であることは明らかであり、その主要な部分を占める「リッツ」が引用商標と共通するのである。

そして、乙第4号証の2ないし6、同第5号証の1ないし9、同第6ないし第9号証によれば、訴外ヤマザキ・ナビスコ株式会社が、昭和46年以来、「クラッカー」の販売に当たり、引用商標を使用し、主にテレビを媒体として継続的に広告を行ってきたものであり、この種市場において、「リッツ」といえば、特定の商品主体により製造販売されているクラッカーを示すものとしての著名性を獲得していることが認められるから、外観において、「リッツ」の3文字が共通する本願商標を使用して、同一の指定商品である「菓子 パン」が販売されると、時と所を異にして観察した場合、取引者、需要者が著名な商標である「リッツ」を連想し、商品の出所を混同することは明らかであり、両商標は外観においても類似のものというべきである。

原告は、引用商標が著名性を獲得している以上、本願商標との識別はむしろ容易であると主張するが、引用商標が著名性を獲得していればいるほど上記の連想ひいては商品の混同が生じ易いことはみやすい道理であり、原告が主張するように識別の可能性が高くなるものとは一概にいえるものではない。

なお、本願商標と引用商標とは、ともに造語であると認められ、特定の観念が生ずるものでないから、観念の点で両者を識別することはできない。

(3)  上記検討のとおり、本願商標は、引用商標と類似するものといわざるをえず、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

審決が両商標の称呼類似を肯定するに当たり、「リッツァ」の「ァ」の音が前音である「ツ」に吸収されると述べていることは、当事者間に争いがない。

審決のこの部分が、「ァ」の音が必ずしも明瞭に発音、聴取されるものとはいえないとする後に続く判断部分の根拠として示されており、「吸収される」とは、一体化してしまい、独自の存在意義を失う意味であることは字義からして明らかであるから、審決のこの部分が1(1)に示したと同じ趣旨であることは明らかである。すなわち、審決は、本件審判手続を通じ、その争点である本願商標の「ツァ」が引用商標の「ツ」と明瞭に識別できるかどうかの判断の理由として、これを述べたにすぎず、新たな理由を付加するものでも新たな争点判断を行ったものでもないことは明らかである。原告の主張は理由がない。

3  同3について

商標法4条1項11号の商標の類否判断において、取引の実情を考慮すべきことは上記のとおりである以上、審判及びこれに先行する拒絶査定がいずれも同条項を根拠とするものであることは正当として是認でき、原告の主張する根拠法条の誤りはない。

4  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき事由は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

別紙

(1)本願商標

〈省略〉

(2)引用商標

〈省略〉

昭和61年審判第9280号

審決

兵庫県神戸市中央区大日通2丁目4番16号

請求人 林佑吉

東京都江東区東陽5丁目27番8号 角一ビル

代理人弁理士 佐々木常典

昭和58年 商標登録願 第104648号拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願商標は、「LIZZA」の欧文字と「リッツァ」の片仮名文字を上下二段に横書きしてなり、第30類「菓子 パン」を指定商品として、昭和58年11月4日に登録出願されたものである。

これに対し、原審において、登録異議申立があった結果、本願拒絶の理由に引用した登録第997283号商標(以下「引用商標」という。)は、「リッツ」の片仮名文字を横書きしてなり、第30類「菓子、パン」を指定商品として、昭和45年12月4日登録出願、同48年1月31日登録、同58年1月27日に商標権存続期間の更新登録がなされ、現在有効に存続しているものである。

よって按ずるに、本願商標並びに引用商標の構成は、それぞれ前記のとおりであるから、前者より「リッツァ」の称呼を生じ、後者より「リッツ」の称呼を生ずること明らかなものである。

そこで、本願商標より生ずる「リッツァ」と引用商標より生ずる「リッツ」の両称呼を対比するに、両者は称呼識別上主要な要素を占める語頭音を含む「リッツ」の各音を共通にし、異る点は前者には語尾に母音「ァ」が付加されているにすぎないものである。しかして、該音は語尾に位置していることもあって、前音「ッ」に吸収され、必ずしも明瞭に発音、聴取されるものとはいえず、この差が称呼全体に与える影響が大きいともいえないものであるばかりでなく、引用商標は、この種業界においては、取引者、需要者間に広く知られているものであることも相俟って、それぞれを一連に称呼するときは、彼此相紛れるおそれのある類似の商標といわざるを得ない。

したがって、本願商標と引用商標とは、その外観、観念の類否について判断するまでもなく、称呼上類似する商標であり、かつ、指定商品も同一のものであるから、結局、本願商標は商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年2月10日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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